茶立ての清水

茶立ての清水風景写真

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茶立ての清水について

~茶立ての清水の由来~

国道341号線の田沢湖と田沢湖高原への分岐十字路を、鹿角市側に2kmほど進むと右側に茶立ての清水があります。東側の荷葉岳の地下水脈とする湧き水で、冬場も利用者がいるほどの人気です。


茶立ての清水は俗説的には秋田の藩主佐竹氏がこの清水で茶をたてて飲んだと言われていますが、藩主が誰なのかははっきりとしていませんが、この地を訪れたことが記録されている二代藩主・義隆と九代藩主義和の可能性が考えられています。

大山文夫文化協会副会長によると、義隆は明暦元(1655)年8月15日(旧暦)のほか、数度この地に足を踏み入れているとみられています。

また義和は巡視の内容を綴った紀行文「千町田の記」に文化八(1811)年8月2日(旧暦)に田沢で一泊したことを書き記しています。
いずれの場合も肝煎を務めていた千葉重藏家に宿泊したといわれています。

その千葉家では「殿様の使ったとされる道具が戦前まで、家のお堂に保管されていたが、今はなくなってしまったということです。



茶立ての清水の存在を明らかにしている文献もあり、仙北市田沢湖出身の直木賞作家・千葉治平さんの著書「ふるさと博物誌」に「手の切れるような山清水が勢いよく岩間を落ちて、のどの渇きをいやしてくれた。」と書き記しています。

茶立ての清水は昔から人々ののどを潤してくれた存在であることは確かです。